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​鶴居村は丹頂の聖地、キャンパーの聖地というだけではない。

サイクリストの聖地、鉄オタの聖地、フェスの聖地、ワイルドツーリズムの聖地を目指している。

​もちろん、出版活動をふくむ、アーティストたちの聖地!!

鶴居の文化

​■鶴居村で行われる文化活動を紹介します。​

 かつて、ほんの小さな商店を「鶴居デパート」と名づけ、

 村民の運動会をなんと「鶴居村オリンピック」と呼んだ、

 村の妄想力が現在でもさまざまな文化イベントを生み

 出しています。妄想力とは雄大でありかつ厳しい自然に

 触発された創造力ということができるでしょう。まるで南

 米のマジック・リアリズム小説のような。

劇団どくんご公演

 自前の自称「犬小屋」というテントで全国を巡業する「劇団どくんご」。1983年に埼玉大学・衛生短期大学演劇部研究会を母体として発足。

 

 小劇場や野外で公演を行い、1988年からテント劇場で全国ツァーを数年おきに実施している。

 移動テント劇団は以前は多数存在していたが、今は「どくんご」だけという日本でも稀有な劇団だ。寒い時は南で公演し、暖かくなると北上する。

 

 道東には8月に辿り着き釧路や鶴居で公演する。 鶴居の場所は市街地から車で15分ほどの平田牧場内。つまり酪農家の空き地で夕方から上演する。次第に暗くなると虫の音が聞こえ、テントを飛び出し牧場中を利用する。

 

今回見た「誓いはスカーレット」では床にプールのように水をひいてその上でバシャバシャと演じていた。農場だからできる演出と言える。

  なぜ、鶴居で公演することになったのかは調べてないのでわからない。ただ80年代の小劇場ブームで生まれた前衛演劇は、こうした消費するだけではない、文化が堆積する僻地にこそふさわしいではないか。

 

 全国に熱狂的ファンを持つ「どくんご」。鶴居に夏訪れたら、観ないという手はないですよ(毎年か2年に1回かは不明)。

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​サマー・ワーケイション in  鶴居

  文化的活動のスタートの多くは人と人との出逢いだ。「サマー・ワーケーション in 鶴居」は村内在住のネイチャーガイド板真奈美氏が老夫婦を案内したことに端を発する。

 

  アメリカ数学学会のフェロー称号を持つ竹崎正道夫妻は鶴が舞うこの村に魅了され、欧米で行われているバケーションとワーキング(研究・学習)が合体した長期滞在型の「ワーケーション」の拠点となると確信した。

 

  すぐに孫弟子の東大卒の教授・准教授4人(北大、京大、九大)に声をかけ、今回1回目となるイベントが実現することになった。

 板さんが実行委員長となり、茂雪裡の廃校を借り受け、1週間、使わなくなった黒板の前で難問に共同で取り組んだ(難問だけに全くわからん)。

  

  もちろん、気分転換に湿原を散策したり、釧路の街に出て魚貝類を堪能することも忘れない。

  夏でもストーブを炊く涼しさは、頭脳を明晰にするのだろう、必ずやここから次のフィールズ賞受賞者が出ることを期待する。

  ちなみに4人が「ツルイの小屋」に立ち寄り、天井近くで取れないキルケゴール著作集を「これを取ることを、キルケゴール飛びと呼ぼう」と命名してくれた。さすが、言語能力もぶっ飛んでいる。

  毎年恒例のイベントになりそうな予感がする。

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​鶴居村音楽祭

 デパート、オリンピックに連なる今ひとつの(誇大)妄想的企画が、「ベルリンフィル招聘」。第2回目となる鶴居村音楽祭で実現した。

 もちろん1882年創設の世界を代表するベルリン・フィルハーモニー管弦楽団が丸ごと来るわけではない。しかし第一コンサートマスターが来村するんだから「鶴居村にベルリンフィルが来る!」と往年のこまわり君のように叫んだとしても誰も文句は言わないだろう。

  樫本大進。若くして各賞を受賞した日本を代表するヴァイオリニストで、2010年、日本人として2人目になるベルリンフィルのコンマスに就任している。

 ピアニストとして小菅優氏も来村する。2006年ザルツブルグ音楽祭で日本人として2人目となるリサイタル・デビューを果たしている。2016年度のサントリー音楽賞(音楽の芥川賞のようなもの)も受賞。

 2人のデュオ・リサイタルが行われるのは2019年11月14日。村内とコーチァンフォーで販売のチケットは30分で完売した。

        

  実行委員長は村内のピアニスト・黒木真弓(通称クロッキーヌ/ワシしか呼んでないが)。クロッキーヌのネットワーク

​と下幌呂が生み出した妄想力(創造力)が今回の企画に結実した。毎年か隔年で、ベルリンフィルを呼び、音楽の村として松本市並みの知名度をあげたいものだ(希望的観測)。

 ツルイの小屋が全面協力しています。

(残念ながら台風19号の影響で中止と相成りました)

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TSURUI Road Bike BASE(通称ベース)

  道内にはサイクルツーリングコースがいくつもある。自然豊かなロケーションの中を駆け抜けるツーリングはここ数年盛り上がりをみせ、国内外から道内にツーリストが集う。

 

  あまり知られていないが鶴居は初心者から上級者まで楽しめるコースがいたるところにある。

 

  中でも宮島岬からキラコタン岬へ抜けるコースはアップダウンも多く知られざる名コースだ。

 

  このサイクリストにとって聖地となる可能性にいち早く気づいたサイクルガイド岩間洋明氏が、2019年8月立ち上げたのが「TSURUI Road Bike BASE」。

 

2020年春から本格的に活動を開始する。

 

 クラブの活動拠点でもあるのが、TSURUI WILD ECO-RESORT BASE (通称ベース)である。PART2のある場所だ。

 

ちなみに、ツルイの小屋主人も会員である。

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AIR活動

この項目は手前味噌です。

 AIRとはアーティストインレジデンスの頭文字をとった略称で、アーティストが一定期間、招聘された地域に移住して作品を制作する活動全般を指します。狭義では生活費・住居費などは主催者側が払い、作家は地域住民と交流を持ちながら作品を残します。

 

 日本にもAIR協会のようなものがあり、常設施設もいくつかあるようですがほとんどが行政が運営しているものです(つまり税金)。でも、定義なんてあんまどうでもいいし、役所が係わってまともなものになった事例は少ないように見受けられます(何故かは酒飲んだとき言います)。

 

 鶴居村の初のアーティストインレジデンスは2018年3月1日から2019年2月28日の1年間、3人の写真家が来村した「ART IN RESIDENCE at TSURUI,AKAN one year PROJECT」からスタートしました。最終的には写真集3冊出版するのが目的ですが、その制作過程である、村での日常生活こそアーティストインレジデンスの醍醐味です。想定外のことが、主催者にもアーティストにもばんばん起こります。ま、それが楽しいんですが。

 そして2019年8月、ついに常設のアーティストインレジデンス施設が完成しました。「ツルイの小屋PART2」です。

 さて、何故ツルイの小屋の主人は、アーティストをそんなに呼びたいんでしょう。うちあけます、近場で作品をしゃかりきになって作っている作家がいると、こちらの創作意欲がメラメラと湧いてくるからです。

 

 こっちが酒飲んでる時も、寝てるときも、彼や彼女は作品を作っていると考えると「これは負けられない」と思うのです。そんな単純な理由なんです、私のアーティスとインレジデンス活動の動機は。

 

 だから嫉妬するくらい才能あるアーティストにきて欲しいのですよ。それはきっと、これを読んでるあなたですよ。

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鶴居の自然

鶴居の独特な文化を生んでいるのが、「鶴居の自然」だ。

釧路湿原に丹頂。それだけでも国内でも唯一無二の自然環境といえるだろう。

来村した人は皆、湿気が少なく寒冷な気候に、北欧やスコットランドなどを類推するようだ(行ったことあるんだろうね?)。

北ヨーロッパに風土が似ている、日本でありながら異国なのだ。

夏でも夜には濃霧となり、村全体が霧に覆われてしまう。冬はマイナス20度にもなり、皮膚がヒリヒリするほどの気温だ。

酪農主体の村だから牛や馬が放牧され、家の庭にはタヌキやリス、キタキツネが珍客として訪れる。絶滅危惧種の大魚イトウやキタサンショウウオがいる。

野鳥は詳しくないがオオワシやシマフクロウなど多種多様な生物が生息している。

そんな鶴居の自然を紹介し、ネイチャーガイドよろしくその楽しみ方について触れてみよう。

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リバー ウォーキング

日本一の面積を誇る湿地帯である釧路湿原が鶴居の自然の最大の特色の一つだと述べたが、その湿原を成り立たせているのが、鶴居村を流れる無数の川たちだ。

 

川は可愛い。川は底知れない。川はあなたや私がいなくなってもそこにあり、変わりなく流れる。

植物の葉脈のように大地を這うように流れ、湿原を休むことなく潤おしている。阿寒カルデラ外輪山を貫流するこの川たちがあってこそ、湿原は存在し、その測り知れない魅力を保つことができている。

 

ものの本によると中心である「雪裡川・芦別川流域」はじめ、「久著呂川・チルワツナイ川流域」、「幌呂川流域」などに分かれているらしい。大好きな茂雪裡川は雪裡川流域だ。それらは最終的に、湿原に流れこむ。

で、リバーウォーキングだが、そんな言葉があるかどうかもわたしは知らない。

だって、ただ、川の中に入って歩くだけだから。

それだけ。でも、川がアイヌはじめ開拓者の生活の中心だったことは間違いない。サケやマスは大切な食糧源だ。交通の中心でもある。水だけがあればとりあえずは生きていける。ってか死なない。

我々はそこにたたずみ野鳥の鳴き声から四十雀だとかなんだかキジだとかを確認し、魚の背を見つけて楽しんでいるだけだ。しかし川に入らなければ体験できない世界もあることは確かだ。

岸辺の生態系、澄んでいて浅瀬が多いため川底の石や藻を観察できる。地上からは見えない世界がある。

リバーウォーキングは、体験型自然観察の一手法であり、ゴミを拾うなどネイチャーレンジャーでもある。川の真ん中で熱いコーヒーを飲むのは格別だ。

川を歩くのは単純に楽しく、同時に自然研究の一アプローチでもあり、山歩きや森林浴のようなアクティブレジャーメニューの一つになる可能性を秘めていると感じる。本当に。

(写真は第1回リバーウォーキング隊の自然観察レンジャー活動

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平田ネイチャーキングダム 

(平田自然王国)

 一国一城の主という表現があるように、誰しも自分だけの王国を持ちたいと思ったことがあるだろう。こじんまりした郊外のマイホームは王国とは呼べない。

 複数の家(城)が建つ広大な敷地、家畜、牧場、畑、そしてできれば敷地内に川や山や池が欲しい。そんな王国が、なんと鶴居村には存在する。

 平田牧場だ。勝手に「平田ネイチャーキングダム」と呼んでいる。

  王国の主である平田さんは現在75歳。夫婦2人で150万坪haの敷地に暮らしている。

 150万坪といってもピンとこないだろう。東京ドーム106個分、といってもやはりピンとこない。とにかく広いのだ。

 定年後、お兄さんから敷地を譲り受け、主にどさんこの畜産で生計を立てている。

 その数50頭以上。敷地内の入り口にある馬舎を通り過ぎ奥に入ると、巨大な池(というか湖)が3つあり、夏はボート、冬はスケートができる。また敷地内を流れるシセツリ川では釣りはもちろん、川べりにこさえたキャンプ場(ブランコやハンモックがある)で、焚き火やバーベキュー、川遊びができる。

 王国を訪れると、ボート乗場の看板があったり(実際、カヌーやバンダのサイクルボードが置かれている)、ホーストレッキングコースの看板があったりする。

 なんだかレジャー施設に来たみたいだ。実際、平田さんは宿泊可能な山小屋やトレーラーハウスなどを手作りしていて、滞在型の一大レジャー施設を運営する野望をもっていたようだ(いやいや、今もその野望は継続しているのだろう)。

 現在は高齢になりなかなか時間も取れないが、問い合わせがあれば、先ほどの各種レジャーを体験できるようだ(スノーモビルで雪原を爆走して、阿寒湖畔まで行けるってアクティブレジャーを体験できるのはここだけだ!)。

 まさに鶴居の自然を丸ごと堪能できるネイチャーランド。おすすめは、断崖になっている一帯にゴロゴロある巨石やその断崖から落ちる地下水の滝かな、わたし的には。

 鶴居村開拓時の自然も生のまま残る、敷地の全貌すら1日ではわからない驚異のスポット。

 

 鶴居で一番のオススメの場所だ。

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​マイナス20℃極寒キャンピング

 これは全く感覚的な印象だが、100人に「南の島か極寒の北国、どちらか住む場所を選んでね」というアンケートをとったら、南の島が圧倒的で、極寒の地を選ぶ人は5人もいないだろう、きっと。いや絶対に。

 それほど人は、寒いところより暖かいところの方を好む。だって、南は暖房費はかからないし、夜中に酔いつぶれて戸外で寝ても死にはしない。食べ物だって、南は一年中生えてるそこら辺の草や果実なんかを食べていれば餓死することはないな、と想像できる。

 一方の北国は、冬は戸外で寝たら確実に凍死する。草は枯れて食料に事欠き、自給自足もままならない。ううんー、何より寒いのが嫌いなのよ、というわけだ。

 

 しかし、変わり者は5人はいる。汗をかくことがそもそも嫌い。ぴーんと張り詰めた冬の空気を肺いっぱい吸い込むと生き返る。雪がキラキラ反射してまるで宝石を敷き詰めたみたいな世界が好き。厳しい自然に生きる生き物たちを見てるだけで癒される……。

 でも、だからと言って、マイナス20℃の中、キャンプすることはないのでは。はい、わたしもそう思います。

 

しかし、この衝動を抑えることはできない。昨年、インディアンが使うティピーテントを作った。

 今回の参加者は東京からの5名。いづれも100人のうち5名に当たる「変わり者たち」だ。実際、キャンプにチャレンジしたのは強者3名。1月はマイナス15℃くらいだ。焚火を一晩中たいて、暖をとる。火を絶やすと、危険であることが足もとから伝わる寒さでわかる。ウィスキーをあおり、うつらうつらする。目を覚ますとテント越しに朝日が登っていることがわかる。サバイバルできたのだ。

 

 テントから出ると、雪原の風景が違って見える。全てが生き生きとしている。「見えるものが変わって見えた」。彼らは言う。極寒キャンプを体験した者でなくては味わえない感覚が、そこにはある。

 

 鶴居の極寒体験の醍醐味だ。

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